■シェーバーこと始め
あなたが毎朝使っているシェーバー(電気カミソリ)はいつ、だれ、が作ったのか知っていますか?

■世界最初のシェーバーは?

アメリカの退役軍人ヤコブ・シック(Jacob Schick)が1920年代末に作った電気カミソリが世界で最初のシェーバーと言われている。
彼はアメリカ陸軍を早期除隊、アラスカ・カナダでの金鉱探しで零下数十度では従来の髭剃りは難しいことを実感、モーターを動力にしたシェーバーのアイデアを思いつく。
そのプロトタイプはモーターとシェーバーのヘッド部をフレキシブルパイプでつなぎ両手に持って使う構造であったらしい。
第一次世界大戦が始まり再び軍務に就き1919年に退役したが、ライフルの自動装てん機構から思いついて、刃に直接触らずに替え刃交換ができるカミソリを開発。
同時に電気シェーバーの開発も続けて、ついに製品化に成功。
電気シェーバーに将来性ありとして、カミソリをつくっていた「マガジン・リピーティング・レーザー社」(MagazineRepeating Razor)を売却、電気シェーバーの事業に集中。
刃に直接触らずに交換できるカミソリで興した「Magazine Repeating Razor社」が現在の安全カミソリの「シック」の元祖。
そのコンセプトは後のシック・インジェクターそのもの.ヤコブ・シックという人はまさに現在の「ヒゲそり」の基礎を一人で作りあげたような人だった。
彼の電気カミソリが市場に現れたのは1929年とも1931年とも言われているが、これが現在に続く「電気式シェーバー事始め」。
詳細は特許図面からうかがい知るのみ。
タイム誌の記事(1938年)にいわく「最初はほとんど手作りで$25の売価だったが、生産ラインを整備して$15で発売すると飛ぶように売れた」とある。
シック・ドライ・シェーバー社を興したのが1930年なので この頃から本格的な生産・販売が始まったのであろう.
シックのモデルで本格的に量産されたのは「モデル-S」。ヤコブ・シックの退役時のタイトルから「コロネル(大佐)」と名づけたモデルも有名。
  
彼の電気シェーバーという新しいビジネスにすぐに参入者が現れる。
パッカード・レクトロ-シェーバー、ハンレイ、レミントン(ランド)、少し遅れてゼファー、サンビーム、欧州からフィリップスなどなど、なんとジレットまでこの新ビジネスに参入。
[この二つのConsumer Union Report はこのサイトを始めた頃から探していたものです。Peter M.Jonker氏、Paul Spierings氏 のご好意でここに掲載します]
[This Consumers Union Reports available on my site supported by Mr.Peter M.Jonker, Mr.Paul Spierings and his archives data] 
 ■ コンシューマーズユニオン・レポートで電気シェーバー比較
【世界最初の電気シェーバー比較テストかもしれません】
コンシューマーズユニオンは1936年(昭和11年)2月に米国NY州でConsumers Union (CU)として設立許可された非営利団体の消費者組織で現在も活動を続けています。設立の年の5月にConsumers Union Reports 第1号を発行。
実際に製品を購入してその評価を載せた。組織の沿革に『発行当事は世界大恐慌の最中だったので予算に限りがあり、あまり高額なアイテムは購入できなかった』という記述がある。第1号4000部ほどからスタートして10年後の1946年には10万部を発行しています。発行当初から製品の評価は「Best Buy」 「Acceptable」 「Not Acceptable」 の3段階。
創刊の年 1936年の10月号に早くも電気シェーバーが取り上げられている。
対象のモデルは「Schick (model-S)」 「Packard Lectro - Shaver」 「Hanley Clipshave」の3機種。

1936年10月号「3台の電気カミソリ」
「Schick (model-S)」 「Packard Lectro - Shaver」 「Hanley Clipshave」の3機種
レポートは「Packard Lectro-Shaver」の使用感を『切れない芝刈り機で剃った感じ』と痛烈な評価から始まります。「Packard Lectro - Shaver」も「Hanley Clipshave」も『not acceptable』, テスター全員一致で「Schick (model-S)」に『満足』という評価を与えています。
ちなみにSchick model-Sの売値は15ドルでした。レポートに「15ドルという”高価格”の価値があるか?」という記述がありますが、現代の貨幣価値に換算 200倍として300ドルほどでしょうからかなり高価な商品だったことが判ります。

初めての電気カミソリのレポートなので『使い方』や『使用環境』に関する詳しい記述も見られます。
●「電気カミソリの購入を検討している場合は対応する電気のソケットがヒゲそり用の鏡の近くにあることが必須である。」
●「購入者は新しいヒゲのそり方の習得が必要だと気づくであろう。それも一回や二回ではむりで、新しいヒゲそりをうまく使いこなすには1〜2週間もしくはそれ以上必要になるだろう。」
●その他「旅行には不向き。汽車やホテルに電気のソケットがあるとは限らないし、電圧が適当でないかもしれない」などという記述から当時の電気事情をうかがい知ることができます。
 2回目は翌年1937年12月号のテスト記事には10モデルが載っておりSchick社が造った電気シェーバーというジャンルに多くの競合が参入したことがわかる。
1937年12月号「10台の電気カミソリ」
テストの対象が前年の3台から10台に増えたことでこのマーケットが活発になったことがわかります。
見出しにいわく「7.50ドルから17.50ドルの価格帯。ベストのモデルでも安全カミソリほど深ぞりはできない。10台のうち7台は"Not Acceptable"」

評価は「1年ほど前(今回も含まれる)3台のテストをしてレポートした。 この1年でマーケットに新しいメーカーやモデルが増えたので今回は10モデルを対象にテストしたが評価結果は大きくは変わっていない、新しい発見を含めてレポートする」
「満足できる電気カミソリは依然高価格。15ドルのSchickが"Best buy"。 今回テストしたモデルには特に変わった新しいデザインのものはなかった。 ベストのSchickに続くのはRemington(16ドル)、Velvet(17.5ドル) の2台でどちらもSchick より高価である」

個々の評価は以下
・Best Buy :
Schick (Schick Dry Shaver Inc. コネティカット州スタンフォード) 価格15ドル、少しヒリつくが満足できる剃り味。使いかたも覚えやすい。女性にも好評。デラックスモデル(16.5ドル)は白いケースでボックスに収納される。(スタンダードモデルは革のソフトケース)
・Also Acceptable :
Remington (General Shaver Coro. コネティカット州ブリッジポート、レミントン・ランドの部門) 価格16ドル、シックに似たデザイン、満足できる剃り味。【これは1937年に発売されたモデル"Close Shaver" 詳細はこちら】
Velvet (Nicholl Inc. ロスアンジェルス) 価格17.50ドル、シックに似たシステムだがヘッドを二個備える、ひとつは深ぞり用、もうひとつは深ぞりを必要としないタイプで女性用に向いている。
 
 ■ Best Buy評価 の「シック・モデルSの シェービングヘッド」

シックの刃は「ミゾ刃の外刃」と「往復運動するミゾ刃の内刃」の組み合わせです、コンシューマーユニオン・レポートで次点になっているレミントン・Close Shaverもニコル・Velvetも往復ミゾ刃で、サンビーム社から網刃のシェーバーが出るまで電気かみそりはこのミゾ刃が主流でした。
シックの特許申請書には、(刃の)みぞの幅は0.008インチから0.02インチでなければならないとしています。(おおよそ0.2ミリから0.5ミリ)
肌に当たる刃面は平面ですが、ミゾ刃の側面にはひげを誘いこむようにフィードインコーム状になっており外刃の効率を良くする工夫が見られます。
 
 
■ 直流でも交流でも・当時の電気事情

Schickに限りませんがこの当時のシェーバーはみなACにもDCにも対応しています。
電気といえば交流式 (AC)が当たり前の現代では思いもよりませんが、電気というものが一般に普及し始めた当事はエジソンの始めた直流(DC)が電気事業の始まりでした。その後ニコラ・テスラの理論・方式に基づいたウエスティングハウスの交流(AC)電力が対抗します。
エジソンは電球の実用化でフィラメントに京都の竹を使って成功した経緯から電球ばかりが有名ですが、電気を事業として成功させることが大きな目的だったようで電球はその偉大な使用例ということです。彼が発明したものには蝋管式の蓄音機などのほかに「強化コンクリート」や「ベニヤ板」など発電所を建築するのに必要な資材から、電気の使用量を計る「電力計」まで電力を事業化するための道具が多く見られます。

直流は発電所から使用する家庭(事業所)までの送電損失が多く需要地近くに発電所を建設しなければならず必然的に小規模なものになり、大規模発電で遠方から給電できる交流に太刀打ちできませんでした。
交流電動機・発電機の発明者ニコラ・テスラはオーストリア帝国時代のルーマニア出身で米国に渡りエジソンの電灯会社に就職しますがエジソンの直流主義と衝突して独立、ウエスティングハウスがバックアップして事業化します。シカゴ万博のころ交流の優位さが確立したようですが、ごく最近までマンハッタンの一部に直流(DC)電源のエレベータが残っていてGE社が供給を続けていました。
交流電動機の発明者テスラの名前がバッテリー(DC)電源の電気自動車のメーカー名になっているのは何か不思議な気がします。もっとも現代の車の発電機はオルタネーターで交流発電していますが・・・

Schick-モデルSの定格表示はボディーに「DC-AC 9WATTS」、ヘッド押さえねじ頭に「110 120 V」 の刻印があります。
   
ちなみにパッカード・レクトロシェーバーはA.M.アンドリューというプロモーターがSCHICKに対抗するために1934年に完成したシェーバーで、構造は最初期のSCHICKのシェーバーに良く似ている。
刃がSCHICKの角型のミゾ刃に対して円筒形のミゾ刃が特徴。
ヤコブ・シックは腎臓の手術から合併症を起こし療養先のカナダで1937年死去、A.M.アンドリューも翌年の1938年に亡くなったが、その後もシックとパッカードは長い間特許係争を続けていた。

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